企業理念

私たちが馬事文化を「これからの選択肢」として残す理由。

岩手は、馬と発展してきた土地。

奈良時代、この地は「糠部(ぬかのぶ)」と呼ばれ、朝廷にその名を知られる馬産地でした。糠部の馬は駿馬の産地として最高の銘柄とされ、都の人々の憧れの的だったといいます。

鎌倉のはじめ、源頼朝は馬産に精通した南部光行を甲斐からこの地へ送ります。甲斐の馬と交配を重ね、大型で頑強な「南部馬」が生まれました。この土地の国づくりは、馬づくりと共にありました。

江戸時代、戦のない世を迎えると、馬は戦場から田畑へと働く場所を移します。南部九牧が置かれ、農耕馬として人の暮らしを支えました。人と馬が同じ屋根の下で暮らす「南部曲り家」は、この土地が馬とどれほど近く生きてきたかを、今に伝えています。

明治期には、フランス・ノルマンディー原産の重種ペルシュロンが導入されます。力強く穏やかなこの馬の血は、やがてチャグチャグ馬コの主役となる馬たちにも受け継がれていきました。

そして今も、岩手とフランスの交流は続いています。三馬力社は、ペルシュロンの本場であるノルマンディーの国立種馬場アラデュパン——1715年創設、「馬のヴェルサイユ」とも呼ばれる施設——と技術交流を重ね、年に二度ほど、講師を招き、あるいは現地を訪ねています。代表取締役・鈴木学、取締役・岩間敬、いずれも現地を訪れてきました。

馬の技術は、人類のセーフティーネットである。

社会は、大きく変わりうる

化石燃料、電力網、そして国境を越えて繋がる物流網。今の暮らしは、これらが止まらないという前提の上に成り立っています。しかし、社会は大きく変わりうるものです。災害、資源の枯渇、供給網の断絶。効率を突き詰めた仕組みほど、変化が起きた時の代償は大きくなります。

欧米は、すでに動いています

馬搬や馬耕は、日本では「昔ながらの技術」として懐かしまれることが多いものです。しかし、イギリスやアメリカには馬搬を専門とする協会が存在し、馬と人が共に働く仕事として、今もビジネスの現場で選ばれ続けています。馬は、地形や状況を感じ取りながら、人と呼吸を合わせて動きます。重機にはできない、その関係性があるからこそ、重機の入れない斜面でも、地面を傷めることなく作業ができるのです。これは郷愁ではなく、馬という存在への信頼に基づいた選択です。

この国では、数えるほどしか残っていません

一方、日本国内で馬搬の技術を今も継承する人は、全国でもわずか数名と言われています。そのほとんどが高齢者です。岩手県は、そんな中で数少ない存続地域のひとつです。

答えを持つ人間を、残していく

私たちは、これを人類のセーフティーネットだと考えています。効率だけを追い求めた先に、社会のかたちが変わったとき、何が残るか。答えを持つ人間を、この地に残していく。それが、私たちの仕事です。

放牧地で馬にふれる人

その延長線上に、私たちがいる。

糠部の駿馬から、南部曲り家の暮らし、そしてフランスから来た重種馬まで。岩手は、常に馬と共に、その時代の必要に応えてきた土地です。その延長線上に、今の私たちがいます。

効率だけでは立ちいかなくなる日が来るとしても、この土地には、頼れる人と馬と道具があります。それは偶然ではなく、私たちがこれからも選び続けることで、初めて残るものです。

私たちの考え方を、3つの言葉にまとめました。

Mission

馬事文化を、これからの選択肢として残す。

Vision

効率だけでは立ちいかなくなった時、
頼れる人と馬と道具がある。

Values
  • 人・馬・道具の三位一体
  • 懐古ではなく実務
  • 合理性を超えた価値の自覚

馬と働く現場を、ぜひ一度ご覧ください。
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